人文学部学生プロジェクトインタビュー「甲斐義明」

甲斐先生ご自身の研究分野について

学生:甲斐先生、本日はお忙しい中ありがとうございます。緊張していますがさっそくインタビューに移っていこうと思います。まずは先生の研究内容を簡単に教えて頂けますか?

 

 

甲斐先生(以下甲斐):専攻分野は近現代の美術史です。美術史学科に所属しながら、写真史について研究してきました。
写真史とは必ずしも美術史の一分野とは限らなくて、社会学とか文化人類学とか、写真を扱うにもいろんなアプローチの仕方があります。自分の場合、美術史の視点から、写真表現の歴史について考えています。
具体的には、美術と写真の関係について関心を持ってきました。留学する前、大学院の修士論文でアメリカで20世紀前半に活動した写真家スティーグリッツ(Alfred Stieglitz, 1864年-1946年)をテーマに選んだこともあり、アメリカに行きたいと思いました。
スティーグリッツは写真におけるモダニズム、モダン・フォトグラフィーを確立した人のひとりとして、歴史上重要な人です。単に重要だから研究にテーマに選んだというだけでなく、まず彼が撮った肖像写真に魅力を感じました。僕がいた大学の学部には写真史が専門の先生はいなかったので、美術の分野とつながりがある写真家を選んだということもあります。
スティーグリッツは画廊主としてアメリカではまだほとんど知られていなかったピカソの個展を初めて開いたり、マルセル・デュシャン(Marcel Duchamp, 1887年-1968年)の便器(『泉』1917年)の写真を撮ったりと、美術とのつながりという点でも色々と面白い活動をしているんですね。
アメリカに行く前はこのスティーグリッツのことを調べていたんだけど、行ってからは日本の写真についても研究し始めました。日本の写真は世界でも割と関心を持たれているんですね。でも作品は知られていても、作品の背景にある文脈や歴史的状況などは、外国で十分に理解されているとは言えない。そういうことを説明した英語の文献はまだ全然足りないわけです。だから、むしろアメリカでは、日本の写真について英語で書いて、発表することがもっと必要とされているように感じました。そこで博士論文ではスティーグリッツではなく、日本の戦後の写真史をテーマにしました。

 

先生が携わったバッチェン企画の展覧会図録(左)とスティーグリッツに関する翻訳書(右) 

 

もともと日本の写真に興味がなかったわけではないし、ニューヨーク市立大学で指導教官だったジェフリー・バッチェンという写真史研究者は、美術館に飾られる写真というよりは、アマチュアの記念写真のような、一般人が私的に撮ったような写真の研究をしています。そういう先生に出会って、その考え方に影響を受けたところがありますね。日本の戦後の写真表現の一部はアートと言えばアートではあるけれど、アメリカでの状況とは、またちょっと位置づけが違う。割と最近に至るまで日本の写真家が撮った写真は、美術館ではあまり展示されてこなかったし、多くの写真家たちは自分たちが撮ったものをアートだとも思っていなかった。そこで、作品を発表するときは、美術館で展示するのではなく、写真集という形にする。なぜかというと、戦後の日本の写真家には、撮った写真を額に入れて飾るなど格好悪いと思っていた人が結構いたんですね。そうするくらいならば、むしろ写真集のような本を作って、印刷物として広めるべきだという考えを持っていた。つまり、美術館とか、美術という制度からやや離れたところで活動していた。写真集を本の一種として考えれば、それは美術より文学に近いところもありますよね。写真が美術に含まれないことによって生まれるそのような面白さがあることは日本にいる時も知っていたけど、いざ自分の研究テーマにすることにはためらいがありました。ニューヨークに行ってから、博士論文の題材として日本の戦後の写真を取り上げて、今はその研究の続きをやっているという感じでしょうか。

 

写真や美術を研究するきっかけ

学生:そもそも、写真や美術を学ぼうというきっかけは何かありますか?

甲斐:元は写真をずっと趣味で撮っていて、中学3年生くらいからカメラ雑誌を読み始めて、高校生のときはカメラ少年みたいな感じでしたね。いわゆる「撮り鉄」みたいに、何か特定のものを撮ろうというのではなくて、親からもらったカメラを使って身の回りのものを撮っていました。カメラ雑誌の月例写真コンテストに応募したりだとか。そもそも何か作ることが好きで、絵は描かないけど、何かを自分で作りたいという関心があったと思います。でもそれは、僕の母校が中高一貫の男子進学校で、他に楽しいことがなかったからかもしれない(笑)
美術に関して言えば、美術館は高校の時から、たまに行ったりしてました。印象派の展覧会を見に行ったり。そういう意味では、美術に関心を持ったのは早いほうだったんですかね。高校生の頃、会田誠という美術家の作品が好きだったんだけど、会田誠などは現代アートに興味を持つきっかけのひとつでした。

 

 

 

ニューヨークへの留学

学生:先生はニューヨークへ留学されていますが、なぜニューヨークだったのですか?

甲斐:ニューヨークには、留学する前に旅行で行ったことがあったんですが、お洒落な最先端のアートがたくさんある街というイメージを持っていました。一般的にはそういう印象がありますよね。住み始めてしばらく経つと、だんだん冷静な見方にはなりましたが。でも留学を決めたときには、ニューヨークの大学だけに応募していたわけではなくて、いろんな大学にいくつか応募していました。アメリカの大学院は入学システムが日本のとはだいぶ違います。日本で普通、試験を受けますが、アメリカでは大学も大学院も、基本的に書類による選考です。履歴書や成績表に加えて、なぜ入学したいのかという志望動機や、過去に書いた論文の抜粋などの書類審査で合否が決まる。僕もいくつかの大学に願書を出して、たまたま合格した大学の一つが、バッチェンがいたニューヨーク市立大学だったんです。

 

英語の習得方法は?

学生:留学というと言葉の壁があると思うのですが、英語をどう勉強されていたのか気になります。英語を勉強するコツはありますか?

甲斐:「たどたどしくても通じればいいや」っていう気持ちを持つことが大事な気がします。そうしないと落ち込むことが多いですから。あとは、自分の英語はたどたどしくても、セカンド・ランゲージ、第二言語として喋っているんだということを自分に言い聞かせることでしょうか。母国語以外の言葉が話せるわけだし、例えたどたどしくても、言語習得能力という点では英語のネイティヴ・スピーカーより上なんだ、っていう風に自分に言い聞かせて、落ち込まないようにしました。
1つ言えるのは、聞きとれるようになると自信がつくということですね。相手の話が分からないと、結構辛い。でも分かれば、たとえ流暢に話せなくても、短い言葉でそれなりに応答できるから、そんなに辛くはなくなりました。だから、日本にいるうちにリスニング能力を鍛えることで、留学の準備はできますね。留学して1年くらい経って、先生が授業で話している内容がほぼ問題なく分かるようになったり、テレビで言っていることが聞き取れるようになると、ここでやっていけるかなという気になりました。
ニューヨークは色んな人がいるから、学校でそれほど英語を勉強をしてない状態で来る人も結構います。例えばアーティストの中には、受験英語をほとんどやってなくても、すごく上手くコミュニケーションできる人がいる。ヨーロッパでプレーしているサッカー選手などもそうですよね。外国語の習得の仕方というのは多様だなと感じました。

 

どんな授業をしているの?

学生:先生が担当している授業では、どのような内容を取り上げていましたか?

甲斐:2年生向けのメディア・表現文化学プログラムの基礎演習では「デジタル時代における写真」というテーマで、美術というよりは写真史や写真論について扱いました。広告写真や報道写真などを取り上げて、学生自身の分析や発表をしてもらいました。3、4年生向けの演習では日本の近現代美術を異文化交流という側面から考察するという授業を行い、これも演習なので参加者1人ずつに発表をお願いしました。今学期の発展講義では20世紀の西洋美術史の概説を行っています。

 

これからの授業は?

学生:これからやってみたい授業はありますか?

 

甲斐:来年の1学期に「表現プロジェクト演習」を担当することになったので、「写真集を制作する」というテーマを予定しています。写真を上手に撮るとか、専門的な機材を使いこなすということではなく、スマートフォンのカメラでも何でもかまわないので、写真を使って何かを作ってみようという趣旨です。絵画や彫刻と比べると、写真は手軽に撮ることができます。もちろんプロにしか撮ることができない写真というのはあるけれども、初めてカメラをさわった人でも何かしらイメージを生み出すことができるのが、写真の特徴でもあります。自分で写真を撮影しながら、それを客観的に分析するというプロセスを繰り返すことで、写真を撮ることと、写真について見ることや語ることの境界を取り除くようなことが、授業を通してできないかなと考えています。

 

高校生のみなさんへ

学生:最後に先生の専門分野を目指す人にメッセージをお願いします。

甲斐:何か作品に接するという経験が、やはり大事なのではないでしょうか。まず体験することによって、それから興味が湧くみたいなところがあるので。美術でも演劇でも、あるいは音楽のコンサートでも、ある作品を見たり聞いたりするためにはるばる遠くまで旅行をするとか、そういう特別な体験をするということが、重要なのではないかなと思います。そもそも感動がないと、研究を続けるのは結構大変ですし。大学1年生のときに祖母とパリに行ったことがあるんですが、今思うとあのとき海外旅行に連れていってもらったことは自分の中で大きかったのかなと思います。たとえ研究までしなくとも、休みの日に美術館に行くとか、写真を撮ったりとか、そういう趣味を持つということで、普段の生活が多少なりとも充実するというのであれば、美術史や写真史を学ぶ意義は十分あるのではないかと考えています。

  

インタビューを終えて

研究室には写真集がたくさんあり、お気に入りの写真集を見せていただきました。ニューヨーク時代の飲み会では音楽に合わせて踊ったこともあるという意外な一面もある甲斐先生。楽しいお話をありがとうございました!

担当:佐々木郁香(4年)半間麻央(4年)

 

甲斐義明(かい よしあき)先生
東京生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科(美術史学)修士課程修了。
その後、ニューヨーク市立大学大学院センターへと留学し、博士課程を修了。帰国後は東京造形大学などの講師を経て、2013年に新潟大学人文学部の准教授として着任。

 

 

 


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