ロールシャッハテストはまちがっている
--科学からの異議
What's Wrong with the Rorschach -- Science Confronts the Controversial Inkblot Test

James M. Wood, M. Teresa Nezworski, Scott O. Lilienfeld, Howard N. Garb (著) (2003)
宮崎謙一(訳)

 

北大路書房 ; ISBN: 4762824836 (2006)
353ページ


訳者あとがき

ロールシャッハテストは,被検査者にインクのしみ模様が何に見えるかを自由に答えてもらい,その答えからその人のパーソナリティの特徴や心理的問題の性質を知ることができるとされる心理検査のひとつである.このテストは,あたかもX線撮影のように,心の深層を探ることができるものとして心理学者に重用され,長い間にわたり臨床心理学のシンボルと見なされてきた.また,心理学者は人の心の中を読み取ることができるという,まったくの見当はずれであるにもかかわらず,広く信じてられいる俗説にぴったりのものとして,ロールシャッハテストとこれに類似した各種の心理検査は世間でもてはやされている.
 しかし心理検査のほとんどは一般に期待されているほどには信頼できるものではなく,特にロールシャッハテストに代表される投影法検査は,その妥当性と信頼性が疑問視されてきた.それにもかかわらず,ロールシャッハテストは,個人の生活に重大な結果をもたらすような判定に現在も広く用いられている.特に,本書で繰り返し論じられているように,このテストには正常な人を異常と判定する傾向があるため,誤った判定をされて苦痛と被害を被った人はかなりの数にのぼると推測される.しかしその実態は明らかにされたことはなく,このようなロールシャッハテストの深刻な問題はほとんど一般に知られないままである.実務に関わる一部の心理臨床家は,このテストが深刻な問題をかかえていることを知ろうとせず,あるいはそれを無視して,このテストを実施し続けているのが現状と言える.
 本書の4人の著者たちは,1990年代なかばあたりから,科学的心理学の立場から,ロールシャッハテストを批判的に吟味する論文を臨床心理学専門誌に次々と発表し始めた.本書は彼らのこれまでの論点を集約したもので,臨床分野の専門家や心理学者だけでなく,より多くの人々を読者に想定して書かれたものである.著者らは,特に,メンタルヘルスや教育,司法などの分野で心理検査に関係する仕事をしている人々,将来臨床分野で仕事をしようと考えている心理学専攻の大学生,そして幅広く心理学に関心を持つ一般の人々に本書を読んでもらいたいと述べている.
 ロールシャッハテストに対する著者らの批判に対して,ロールシャッハ推進陣営は激しい反論を返し,現在も論争は続いている.結局,この論争は,確かな証拠に基づいて検査の妥当性が評価されなければならないとする科学的立場の心理学者と,臨床的経験と直観 (臨床知) が重要であるとする一部の臨床心理学者の間で戦わされてきたものだと言える.科学的心理学の観点から見ると,この論争はすでに決着がついている.ロールシャッハテストにはいくらかの価値はあるにしても,大部分が役に立たないものであり,それを使うことと学生に訓練することをやめるか,あるいはその限界をよく認識した上で使うべきものである.このテストの価値を過大に宣伝するロールシャッハテスト推進者たちの主張は,科学的心理学の立場からはとうてい許容することができないものと言える.
 日本でもロールシャッハテストはかなり広く,重要な判定のために用いられている.またこのテストに代表される心理テストは,メディアを通じて一般の人々の間でももてはやされている.しかし日本の心理学者の間では,ロールシャッハテストがかかえる問題点に関して真剣に議論されたことはあまりなかった.多くの心理学者はこのテストの妥当性に疑問を持ちつつも,批判を公表することを避けてきた.この問題に見て見ぬふりをしていることは,心理学者の倫理にかなうことではない.本書によって,ロールシャッハテストに関する議論が日本でも巻き起こることになれば幸いである.
 訳者は知覚と認知の分野を専門にしており,臨床心理学の研究にたずさわっているわけでも,ロールシャッハテストをよく知っているわけでもないので,このような内容の本を翻訳することには若干の躊躇があった.しかし原著の第1著者であるジム・ウッドから,本書の訳者としては,臨床心理学者ではなく,認知を研究する心理学者が最もふさわしいという励ましをもらい,それに力を得て翻訳作業を進めることができた.本書を翻訳するにあたって助けていただいた方々に感謝申し上げたい.第1著者のジムは,翻訳にあたって生じた数多くの疑問に対して,ていねいな解説をしてくれて,日本語に訳しにくい箇所については,わかりやすく書き換えてもくれた.また日本語版への序文を中心になって執筆してくれた.東北大学の仁平義明教授,九州大学の上田和夫助教授,新潟大学の鈴木光太郎教授からは,訳文に対して貴重な助言と指摘をしていただいた.また妻の清子は,一般読者として訳文の読みにくい所を指摘してくれた.それでも翻訳にまちがいや読みにくい所があるとすれば,それはすべて訳者の責任である.読者から本訳書に対するご意見・ご感想,また翻訳に関するご指摘などを頂けるとたいへんありがたい.出版後,ウェブページを通じて本書に関する情報提供を行っていく予定でいる.

http://psyche.ge.niigata-u.ac.jp/Psyche/Miyazaki/html/Rorschach.html