ロールシャッハテストはまちがっている
--科学からの異議
What's Wrong with the Rorschach -- Science Confronts the Controversial Inkblot Test

James M. Wood, M. Teresa Nezworski, Scott O. Lilienfeld, Howard N. Garb (著) (2003)
宮崎謙一(訳)

 

北大路書房 ; ISBN: 4762824836 (2006)
353ページ

 

日本語版への序文

ロールシャッハ・インク図版テストが誕生してから85年たつが,その間に臨床心理学と精神医学の分野はめざましい進歩をとげた.現在では,統合失調症や,気分障害,不安障害,摂食障害,性機能障害などに対する有効な治療法がある.知能や知的学習能力,神経心理学的問題,パーソナリティのさまざまな側面を測る効果的な心理検査も開発された.心の問題については,まだわからないことが多く残されてはいるが,大いに理解が進んだと言える.
 ロールシャッハテストは 1921年に発表されたもので,今では顧みられない古い理論に基づく時代遅れの検査である.このテストは,患者のパーソナリティの深層を描き出す「心のエックス線」としてもてはやされたが,1950年代と60年代に広範にわたる科学的吟味にかけられ,ほとんど役に立たないものであることが明らかになった (統合失調症に似た思考異常を測るものとしてはいくらかの価値があるが).1970年までには,ロールシャッハテストに関する当初の熱烈な主張は,研究の結果,まったく信頼できないものとされた.
 ロールシャッハテストは役に立たないものであるにもかかわらず,アメリカではかなりの数の臨床心理学者がこれを使い続けており,このテストは激しい論争の的になっている.熱心なロールシャッハテスト信奉者たちは,臨床経験からこのテストが役に立つように見えると主張した.これに対して,研究を志向する心理学者たちは,ある検査が役に立つように「見える」というだけの理由では,それを使うことは正当化できないと論じ,心理検査は注意深い科学的研究で有効性が確かめられた場合にのみ使うべきであると主張している.ロールシャッハテストは法廷で専門家証人が用いることもあるので,このテストをめぐる議論は弁護士や判事の関心を集めている.いったい,このように意見の分かれる検査で得られた結果を,重大な法的決定の拠り所として用いることができるだろうか.
 この本は,ロールシャッハ・インク図版テストの長く興味深い歴史を語り,その多くの科学的欠陥と少数の妥当な臨床的使用について検討する.この本は2003年に出版されると,アメリカとヨーロッパで大きな注目を集め,「ニューヨーク・タイムズ」や「ロサンジェルス・タイムズ」,ロンドンの「タイムズ・エデュケーショナル・サプルメント」,ドイツの雑誌「シュピーゲル」などの記事で取り上げられた.有名な批評家のフレデリック・クルーズは「ニューヨーク・レヴュー・オヴ・ブックス」に次のように書いた.「What's Wrong With the Rorschach? の読者は,心理検査の妥当性を確認する場合に,科学的慎重さが必要であることについて,これほど明確に教えてくれるものはないことに気づくだろう...この本には,ゾッとするような話と楽しい話が次々に現れ,あたかも科学と疑似科学の大きな闘いの物語のようである.」
 意外なことではないが,この本は,ロールシャッハテストに心酔している心理学者たちから激しい批判を浴びた.一般に,不屈のロールシャッハテスト信奉者たちは,この本に対して猛烈な怒りを向けるか,またはこの本とそこで示されている科学的証拠を完全にはねつけた.実はこの本の第9章で,私たちは,ロールシャッハテスト信奉者たちがこの本で展開される主張を拒否するだろうと予想していた.過去50年にわたって,彼らは同じようにして正当な科学的批判を拒絶し続けてきたからである.しかし,ロールシャッハテストについての信奉者たちの見方にはかまわずに,日本のすべての読者が私たちの議論を注意深く考えるに値するものと判断してくれることを私たちは願っている.
 私たちの本を絶好の時期に日本語に翻訳してくれたことに対して,宮崎謙一教授に感謝したい.アメリカではロールシャッハテストに関して科学的議論が巻き起こっているが,最近,一部のアメリカの心理学者は,ロールシャッハテストの包括システムと呼ばれるものを日本に輸出して,日本でそれが用いられるように働きかけようとしている.これらの心理学者たちは,大げさで現実的ではないと私たちには思われる主張を熱心に行っている.おおむね彼らは,ロールシャッハテストがアメリカで論争の的になっていて,研究を第1と考えるアメリカの心理学者のほとんどからは支持されていないという事実を,日本の心理学者たちに正しく知らせていない.
 宮崎教授による翻訳によって,私たちの仲間である日本の心理学者と,この本を読むその他の関心ある人々は,ロールシャッハテストの歴史を知り,なぜそれが問題なのかを理解し,臨床実践における科学の意義をよりよく認識することができるだろう.この本を読んで,多くの日本の心理学者は,ロールシャッハテストを絶対使うべきではないと判断してくれるだろう.あるいは,本書の第10章で取り上げた,エドウィン・ワグナー博士の,現実吟味と思考異常だけを測ることを目的とする「論理ロールシャッハテスト」を使うことにする人々もいるかもしれない.
 いずれにせよ,私たちは日本の心理学者が証拠を注意深く検討してくれることを願っている.私たちはみな科学的進歩の幅広い道を進むことをやめることはない.臨床心理学と精神医学が着実に発展している現在,85歳のロールシャッハテストが,心の専門家に新しい答や価値ある情報をもたらすことはないだろう.

ジェームズ M. ウッド
M. テレサ・ネゾースキ
スコット O. リリエンフェルト
ハワード N. ガーブ