学部長あいさつ

学部長あいさつ


人文学部長 中村 潔

2020年度、人文学部はこれまでの6主専攻プログラム から3つの主専攻プログラムに改組し、カリキュラムを改訂いたします。30年以上前、私がフィールドワー クを終えて帰国した年、流行った新語がペレストロイカでした。ロシア語を知らない私には何やらトロイカ に関係するようなわけのわからない言葉でしたが、ペレ(再)+ ストロイカ(構築)で再構築、英語ならば restructuring のことだと呉智英氏のエッセイで知りました。restructuring は組織改編や再構築といった意味ですが、日本語ではリストラと略され、主に経費削減・ 人員整理(とりわけ後者)を意味するようになってしまいました。人員「整理」というときれいな感じですが、 整理された人にとってはどうなのでしょうか。これはまた合理化ともいわれます。人員を整理する側からいえば「合理」的なのでしょうが、整理されるものにとっては 不合理きわまりないのではないかと思います。

現実を歪める(ときに作り出す)不思議な力が言葉にはあると感じます。カリキュラム改訂にしても、改め訂すのだから正しくするのだと言っているようですが、今までのカリキュラムが間違っていたわけではありません。調整といった方が「正しい」でしょう。変化している社会という現実に合ったカリキュラムに調整するのであって、間違いを正したわけではありません。今までが良くなかったわけではありません。

では、カリキュラムをそれに合わせて調整せねばならない「現実」の変化とは何でしょうか。1988年当時、満期退学した私は民族学振興会研究員という身分をいただきアルバイトで何とか生活していました。早い話がプータローです。それでも自分の自由にできる現金という意味で言えば、私の調査地のほとんどの人びとよりも「裕福」でした。私がフィールドワークをしたインドネシア共和国はかつては発展途上国と呼ばれ、日本に比べずっと貧しい国と考えられていました。でも、それも今では新興国と呼ばれる国に含まれています。実は、貧しかった昔でさえ、スハルトの独裁体制のもとで30年にわたって年平均7%の成長を続けていました。スハルト退陣(1998)をもたらすことになる、アジア通貨危機(1997) に端を発した経済危機により、インドネシア経済の発展は大きく躓きますが、それでも年6%近い成長率を保ち続けていたのです。そして、2002年の第四次憲法改正では国家財政および地方財政の少なくとも20%を教育予算にあてることが盛り込まれました。それに対して、私たちが先進国と考えていた日本の経済成長率はせいぜい2%から1%、2008, 2009年にはマイナスでした。さらに、Web記事によると、日本のGDP に占める高等教育への公的支出は2.9%(OECD 諸国平均4.0%)で35ヶ国で最低だそうです。この出典となったOECD(経済協力開発機構)が2019年に発表したEducation at a Glance 2019によると、日本では「2010年から16年の間、教育への公的支出は、政府の支出総額が増加しているにもかかわらず、 下がっている」そうです(2016年までの資料で記述しているに過ぎないので別に2017年からは上がったと含意しているわけではありません)。

つまり、経済の悪化に加えた政治の悪化を原因とした高等教育のリソース減という現実のもとで従来(できればそれ以上)の教育サービスを提供できるようになされた「調整」が、改組およびカリキュラム改訂です。卒業要件を考え直し、科目群の枠組みを微調整しました。綺麗事を言えば「ディシプリンに則った教育を基本にしながら、現代の社会、文化について学ぶのに適した新しい学位プログラムへと改編」したわけです。しかし、こうした改訂の背後にある現実は、合理化の「合理性」が一方から見た美しい均衡でしかないように、ひじょうに暗いものです。悲観的な書き方になっていますが、別に、昔は良かった(今はだめだ)と言いたいのではありません。改組も改訂も言葉どおりのものではないかもしれないけれど、ピート(『夏への扉』のネコ)のように、未来を信じて冬の中にも夏へと開く扉を探す営みだと思うのです。

—— そしてもちろん、ぼくはピートの肩を持つ。
(R. A. ハインライン、福島正実訳『夏への扉』ハヤカワSF文庫、p. 369)

「学部だより」29号から


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